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広島高等裁判所 昭和39年(ネ)101号 判決

申請人

モンテカチニ・ソシエタ・ジエネラーレ・ペル

リンヅストリア・ミネラリア・エ・ヒミカ

代理人

小林俊三

外三名

被申請人

徳山曹達株式会社

代理人

清瀬一郎

外三名

主文

原判決を取消す。

本申請事件は昭和三九年四月二〇日控訴人のなした申請の取下により終了した。

申請費用は、右事件終了後の分に限り第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は

一、原判決を取消す。

二、本申請事件は昭和三九年四月二〇日控訴人のなした申請の取下により終了したことを確認する。

又は、

本件を山口地方裁判所に差戻す。

三、申請費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求め、

被控訴代理人は

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人等の負担とする。

との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに疎明関係は、左に記載するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴代理人の主張。

本件仮処分命令申請事件は、控訴人が昭和三九年四月二〇日なした申請の取下により終了したので、当為原判決を取消し、右終了の旨を宣言すべきである。控訴人において右申請の取下をしたのは、当時被控訴人が本件ポリプロピレンの企業化計画を断念したことが明らかになつたため、本件仮処分の必要性が全く消滅したからにほかならない。被控訴人は右取下に対し同月二三日不同意の申述をしているが、仮処分申請の取下には被申請人の同意を要するものではないから、控訴人のなした右取下は有効である。したがつて、右取下により本申請事件は終了したものであり、これを無視してなされた原判決は違法として取消さるべきである。

(中略)

二、被控訴代理人の主張

控訴人が昭和三九年四月二〇日付の原裁判所に本件仮処分申請の取下書を提出したことは争わない。しかしながら、右取下に応ずることは、本件申請が原裁判所に係属以来、二年有余にわたり被控訴人が応訴のために費した莫大な努力を水泡に帰せしめるものであつて、原裁判所の審理終結後になされたかような取下には到底同意しがたいので、被控訴人は同月二三日不同意の申述をしたのである。したがつて、右申請の取下はその効力を生じない。保全訴訟といえども、口頭弁論の開かれた場合においては、被申請人が消極的確定の利益を有するものであることは、本案訴訟における被告と同様であつて、保全訴訟の判決が本案請求権について既判力を有しないことを理由として、申請人による申請の一方的取下を許すべきものと解することは、被申請人の消極的確定の利益を無視するものであつて許しがたい。殊に、戦後、保全訴訟において、口頭弁論が開かれた場合、その審理が本案訴訟と変らぬ程度の慎重さを以て進められ、ときとしてはその判決が争いの解決について決定的な役割を果すという保全処分の本案訴訟化の傾向が著しくなつている点に鑑みると、被申請人の右利益はますます重視せられるべきである。したがつて、保全訴訟についても民事訴訟法第二三六条第二項の準用あるものと解すべきであり、控訴人の右申請の取下は被控訴人の不同意により、効力を生じるに由ないものといわねばならない。

右の如く、本件仮処分申請事件はなお終了せず係属中であるが、控訴人は既に本件仮処分の必要性がなくなつたことを自認しているのであるから、被保全権利の存否に関し審理判断をするまでもなく、控訴人の本件仮処分申請の理由がないことは明らかであつて、本件控訴は棄却されべきである。

なお、原審は、被控訴人の主張と同様、控訴人の本件申請の取下は被控訴人の同意がないから無効であるとしたものであることは明らかであり、右取下の効力につき原審の弁論において争いがあつた訳でない以上、原審がこの点につき特に判示する必要があつたとはいえないから、右判示のないことは何等原判決を違法たらしめるものではない。

理由

まず、本件仮処分申請事件が控訴人主張の如く取下により終了したものであるかどうかについて判断する。

控訴人が原裁判所である山口地方裁判所に対し原審口頭弁論終結後である昭和三九年四月二〇日本件仮処分申請を取下げる旨の申述をなし、これに対し被控訴人が同年二三日右取下に同意しない旨の申述をなしたことは当事者間に争いがない。そこで、保全訴訟において、口頭弁論を開いた場合、申請の取下につき相手方の同意を要するか否かについて考えるに、民事訴訟法第二三六条第二項が訴の取下の効力を相手方の同意にかからしめたのは、通常訴訟において請求棄却の勝訴判決を得て請求の理由なきことを既判力により確定し、訴訟物たる権利関係についての紛争を終局的に解決するという相手方の消極的確定の利益を保護する趣旨に出たものと解されるから、保全訴訟に右規定を準用することの可否は、結局、保全訴訟の被申請人が通常訴訟において被告の有する右消極的確定の利益と同等視さるべき消極的確定の利益を有するかどうかによつて決せられるべきものと思料する。ところで、保全訴訟は、疎明により、保全命令申請の当否を審判するものに過ぎないから、保全訴訟の判決が被保全権利の存否を終局的に確定する意味での既判力を有しえないことは明らかである。そして、仮差押仮処分等の保全命令中には、保全命令申請の当否を判断する保全執行の債務名義となる部分と右債務名義にもとづいてなされる執行処分たる部分が含まれるのが通常であるが、およそ保全命令の申請は執行処分たる保全処分の獲得を窮極の目的とするものであつて、保全命令申請の当否、すなわち被保全権利及び保全の必要性の存否に対する判断は、これにもとづいて発せられるべき執行処分たる保全処分の前提としてみなされるものであるから、通常訴訟の判決において訴訟物たる権利関係の存否を確定する判断がそれ自体独立の意義を有するのと全くその趣を異にするものであり、かような点から見て、保全命令中に含まれる被保全権利等の存否に対する判断には、右の執行について債務名義としての効力のみを認めれば足るものと考える。もつとも、保全命令の申請が却下された場合、右却下の裁判につき、それが弁論を経たと否とにかかわらず、したがつて判決たると決定たるを問わず、同一条件における同一内容の保全命令の申請を却下せしむべき効力、すなわち既判力に類似する効力を有することは認めるべきであるが、かかる効力は通常訴訟における本案判決の既判力とはその性質を異にするものである。保全命令の申請却下の裁判により被申請人が右の程度の消極的利益を有するからといつて、これを通常訴訟の被告が本案判決について有する前示の消極的確定の利益と同等視することのできないことは明らかである。したがつて、保全訴訟において民事訴訟法第二三六条第二項が保護せんとする相手方の消極的確定の利益を認め難い以上、その準用なく、保全命令申請の取下には被申請人の同意を要しない。このことは、訴訟判決に既判力があり、被告が訴却下の判決を受けるにつき一種の消極的確定の利益を有するとしても、被告が訴を不適法として訴却下の判決を求めている限り同条の適用はなく、原告は訴を取下げるにつき被告の同意を必要としないのと同様に解すべきである。いわゆる「仮処分の本案化」なる現象は、仮処分執行の与える事実上の影響の大なる点を顧慮して、仮処分訴訟の審理が慎重になされ、審理の面においては本案訴訟に類似する場合の少くない最近の傾向を示すものであるが、右の現象も仮処分訴訟の本質並びに仮処分判決の効力に変化を生ぜしめるものでないことはいうまでもなく、また右の現象に伴い、審理が長期化し、被申請人が多大の労力費用を費やすこともしばしば見受けられるが、仮処分判決の効力が前示の如くである以上、その故に被申請人の消極的確定の利益が増大しその性質が変化する筈もないから、これらの事柄によつては、もとより前示の解釈を動かすことはできない。してみると、本件仮処分命令申請事件は控訴人の申請の取下により昭和三九年四月二〇日終了したものというべきであつて、この点を無視して実体につき判断をなした原判決は、その余の争点につき判断するまでもなく、違法であるから、民事訴訟法第三八七条にしたがつてこれを取消した上、右事件終了の宣言をなすこととし、取下後の申請費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官松本冬樹 裁判官胡田勲 長谷川茂治)

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